メンデルスゾーン作曲 “Ein Sommernachtstraum” をアンサンブル金沢の皆さんと演奏させていただきます。
この作品の序曲は、もともとメンデルスゾーンが姉のファニーと楽しむためにピアノ連弾曲として書かれ、
その後オーケストラ用に編曲されたものですが、
完成した時のメンデルスゾーンは17歳であったいうことには驚くばかりです。
その後、序曲の主題を元に『夏の夜の夢』上演のための付随音楽が作曲され(Op.51/1843年)、
序曲(Op.21)と合わせて演奏されるようになりました。

私にとってこの作品は、初めてプロオーケストラの定期公演のソリストとしてデビューした思い出深い曲です。
ガリー・ベルティー二指揮・東京都交響楽団(東京芸術劇場)の皆さんとの演奏でした。
まだ経験の深くなかった私にとっては、外国人指揮者の先振りにどう合わせて良いのか、
オーケストラの皆さんは何故あんなにぴたりと合わせることができるのか、
そんな初歩的のことにも驚嘆したものでした。

思えばそこから長い年月の間に、多くの国内外の指揮者、オーケストラのみなさんと共演させていただきましたが、
その度に演奏家としての学びを頂戴し、育てていただきました。
今まで出会った演奏家、共演の機会の全てが、私の先生だったと思っています。

先のメンデルスゾーンのエピソードに触れる度、思い出すのはLeipzigで訪れたメンデルスゾーンハウスのことです。
“Ein Sommernachtstraum”だけでなく、メンデルスゾーンの歌曲、特に”Auf Flügeln des Gesanges”は、
日本でも親しまれている作品ですので、学生の頃から度々歌う機会がありました。
そうしたわけで、初めてメンデルスゾーンハウスを訪ねた時は胸が踊りました。

地図を見ながら近くまで行くと、綺麗な金色の髪をした少年がトコトコと近づいてきてくれました。
どの建物か尋ねると「こっちだよ」と導いてくれた、その光景がとても美しく、
まるで音楽の妖精が案内してくれたようでした。私の小さな思い出です。

メンデルスゾーンハウスは、フェリクスが息を引き取った家で、現在は博物館になっています。
ちょうど修学旅行か遠足か、ドイツ人の子供たちがガイドを聞きながら見学していました。
メンデルスゾーンは鉛筆画や水彩画の作品も残していますが、
私は「ルツェルンの風景」という1847年に描かれた絵の絵葉書を購入しました。
それはとても優しい色とタッチで、その後自宅のピアノの上に長く飾ることになりました。

裕福な家と恵まれた才能で幸福な作曲家というイメージがありますが、
ユダヤ人の家系であったメンデルスゾーンは迫害を受けることが多く、
キリスト教改宗後も殆ど変わりませんでした。
人種や宗教の違いから生じる対立など、今尚同様の問題が解決に至らないまま日常的に存在しているわけですが、
メンデルスゾーンの”Ein Sommernachtstraum”のように、世界中の人が一聴にして表情が優しく和らぐような
音楽を残してくれた先人達に思いを馳せ、深い感謝を持って演奏したいと思います。

2019.2.3 work